2008-03-26
***
男は、己の不安から逃れたい一心で、泣きながら女の名を呼び続ける。
女は、例えそのひとときでも自分が男の安らぎになれればと、男の行為に身を任せる。
〓〓そんな切なくも悲しい情事。
二人は乱れた衣服を整えると、部屋の壁にもたれ寄り添っていた。
「……すまなかった」
天井を見上げ竜崎がつぶやく。
「いえ、いいんです……」
仄かな羞恥を隠すように、美奈子が襟元を正す。
「うっ……」
何処かを怪我しているのか、痛みに竜崎が顔をしかめる。
引きつるように筋肉から浮き出た血管が、何とも痛々しい。
「大丈夫ですか?」
心配する美奈子を気を使うように、竜崎は言葉を続けた。
「ああ、何でも無い……
よくこの部屋が解ったな。迷わなかったか?」
「和子さんに案内していただきましたから」
「和子さんに?」
「ええ。始め、大学院の方に伺ったんですよ。
そうしたら和子さんにこちらを案内していただけて……
早乙女さんやリッキーさんにも会いました。
うふふ。皆さん楽しくて、良い人ですね」
美奈子は昼間の早乙女たちの騒動を思い出し、笑ってしまう。
「そうか、早乙女とも会ったのか……」
「ええ、お手紙に書いてあった通りの方でした。
達也さん、素敵なお友達が出来て良かったですね」
美奈子は微笑みながら小首を傾げ、竜崎の顔を見る。
が、竜崎の顔は沈んだままだ。
「ああ。あいつらは、俺にはもったい無いくらい、いいヤツらなんだ……」
そう言うと、竜崎は黙り込んでしまった。
しばしの沈黙。
「達也さん……よろしければ、あなたに何があったのか教えていただけないでしょうか?
私でも力になれる事があるのなら、いくらでも〓〓」
思い切って、今までの疑問を直接ぶつけようとした美奈子の言葉に、竜崎が言葉を被せた。
「早乙女には、さっき俺も会ったよ……」
竜崎は早乙女と会った状況には触れず、言葉を続ける。
「お前が訪ねて来てると言われたんで、戻って来たんだ……」
天井を見上げていた竜崎の目が、美奈子に向いた。
意を決したように、竜崎が美奈子に語り始める。
「信じられないかも知れないが、聞いてくれるか?」
美奈子はコクリと、うなずいた。
「ひと月前のあの日、俺と早乙女は未知のエネルギーを発見するための実験をしていた。
あれが全ての始まりだったんだ〓〓」
未知のエネルギーの光を浴びた竜崎は、その時からおかしくなってしまった自分を自覚していた。
身体が軋み、夜は毎晩のようにうなされ、記憶が飛んでしまう事もあった。
そして、記憶が戻った朝には、決まって自分の両手が誰の物とも解らない血で、真っ赤に染まっているのである。
自分がいったい何をしているのか解らない恐怖。
そんな恐怖にさいなまれながらも、その赤い血を見る度に、竜崎の中で言い知れぬ破壊衝動が生まれ始めていた。
数日も経たない内に、夢遊病者のように竜崎は街を徘徊するようになった。
そして、己が内に生まれた破壊衝動に身を任せるように、人とは言わず物とは言わず、身の回りにあるその全てを、壊し始めた。
ヤクザ者に声を掛けられその事務所に居着くようになる頃には、身体の軋みは激痛へと変わって行き、その痛みが全身を駆け抜ける度に、自分の身体が大きく、強く膨れて行くのを自覚し、竜崎は驚愕する。
そして、自分の身体が大きくなればなる程に、意識は混濁し、破壊衝動は増して行くのだ。
竜崎は自分を抑制出来なくなっていた。
しかし同時に、わずかに残った自意識では、自分の中にある別の自分の存在を感じ始めてもいた。
それは、一般に言う所の心の闇などという別人格を指すような心理的な代物では無く、確実に、物理的な違い持つ何かであった。
何故かは解らないが、竜崎にはそう確信出来たのだ。
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